The Scarlet Letter -第一章の文体論的考察-
2008.01.25




The Scarlet Letterのごく短い第一章は、この小説にとって絶対不可欠のものではないように思われる。
象徴的なバラや、歴史上の固有人名等、決して無視できない要素を含むのは確かであるが、
差し当たり物語を読み進めていく上では、特段重要な機能を担ってはいないように見える。
事実、第一章を読み飛ばし、第二章から読み始めてみても、何ら不自由はない。
先述のバラや固有人名のくだりにしても、第二章に組み込んでしまうことも不可能ではなかったはずである。
しかし、であるからこそ、この、あえて第一章と銘打たれた短いテクストの、必然性・存在意義というものに対する探求心が湧き起るわけである。
本論では主として第一章第一パラグラフに注目し、文体論的見地から、それらの考察を図りたい。

以下に第一章第一パラグラフを引用する。

  A throng of bearded men, in sad-colored garments and gray, steeple-crowned hats, intermixed with women, some wearing hoods, and others bareheaded, was
 assembled in front of a wooden edifice, the door of which was heavily timbered with oak, and studded with iron spikes.

一読して感ぜられるのは、ごく端的に言えば「静」と「混沌」、そして「リアリティ」である。

まず注目すべき点は、動作動詞の少なさ、音の不在である。
この風景において何らかの動作をほのめかす動詞はassembleのみであり、このassembleにしてもさほど大きな動きは感じられない。
副詞・形容詞に着目してみても、動的な印象を受ける語はなく、まして明確な音のようなものは一切聞かれない。
これらがこのパラグラフに「静」を与えている。

続いての着眼点は、intermixed with とothers bareheadedという箇所である。
まずintermixed withであるが、パラフレーズの可能性を考慮してみると、最も安易なものとしてはandというものが思い浮かぶ。
他にもパラフレーズの候補は無数にあると言ってよいだろう。
しかしここではあえてintermixed withが使用されることによって、throngの雑多さがより強調的に捉えられるのである。
次にothers bareheadedであるが、これは仮に削除してしまっても問題ないはずの箇所である。
others bareheadedという情報はsome wearing hoodsの中に包含されているためである。
これがあえて記述されているのも、先述のthrongの雑多さの強調効果を狙った結果と思われる。
この二つにより、「混沌」が知覚される。
またこのパラグラフが複雑な一文のみで構成されていることも、「咀嚼」のための適当な小休止を阻み、「混沌」を助長している。

もう一つ注目する点は、抽象名詞の不在である。
このパラグラフにおいて用いられているのは全て具象名詞である。
即ち余計な抽象性が一切排除されることによって、読者の抱く、このパラグラフに描かれているもののイメージはより鮮明な、輪郭のはっきりしたものへと収束し、
ひいては強く「リアリティ」を喚起するのである。
それは「静」と「混沌」をも際立たせる。

以上を勘案して、この第一章第一パラグラフの果たす機能を考察してみたい。

まず、物語へのより効果的な導入という機能である。
この第一パラグラフには「静」と「混沌」という些か違和感を覚えずにおれない共存関係が成立している。しかもそれが「リアリティ」を伴って読者に迫るわけである。
この唐突な、奇妙な静止画は、読者を現実から剥離させ、一息に小説世界内部の疑似現実へと引きずり込むに足るものである。
先程、第二章から読み始めても何ら不自由はないと述べたが、その第二章冒頭部分との比較を行えば、どちらがより強い瞬間的訴求力を備えているか、容易に判断がつくであろう。

次に、第二章に向けての劇的装置という機能である。
実はthrongに関する記述は、この第一パラグラフ以降、第一章においては一切出てこない。
つまり、throngは静止画のイメージのまま、続く第二章を迎えるわけである。
その結果、第二章冒頭において、今度はより「動」的に描かれ始めるthrongが、通常以上にエネルギッシュに、鮮やかに脈打つように感じられる。
第一章第一パラグラフにおけるthrongの静止画、氷づけとも形容できるそれが劇的に融けだし、本格的に物語が始まったのだという強烈な印象付けを、ここで実現している。
つまり第一章第一パラグラフは、融かすために凍らされた氷なのである。 

劇的装置としては、もう一つの機能も備えている。
先程intermixed withやothers bareheadedがもたらす「混沌」について述べたが、それは無論、throngに属するものである。
ここで注目すべきなのは、このパラグラフでthrongと対称的に置かれているもの、即ちedificeである。
edificeに関わるこのパラグラフでの副詞・形容詞を挙げると、wooden、heavilyといったようなもので、
throngの修飾と比較するならば、極めてシンプルかつ落ち着いた印象を受ける。
つまりここに、「混沌」のthrongと「秩序」のedificeという対比がなされているのである。
これがどう劇的装置の役割を果たすかと言うと、つまりはHesterのためのスポットライトである。
第二章におけるHester登場をより鮮烈で際立ったものにするべく、
彼女の登壇の場たるedificeを、「混沌」と「秩序」の二項対立の中に置くことで明確に隔離しているのである。
その結果Hesterは、throngの「混沌」に紛れることなく、颯爽とedificeから歩み出でるのである。

この第一章第一パラグラフが果たす機能として最後に挙げるのは、ペシミズムに満ちるこの小説全体の、最初の重要な基盤形成としての機能である。
その基盤形成は、edificeの視覚的イメージを使用して行われていると考える。
これを論じるには新たな引用が必要である。以下に引用する。

 Certain it is, that, some fifteen or twenty years after the settlement of the town, the wooden jail was already marked with weather-stains and other indications of
 age, which gave a yet darker aspect to its beetle-browed and gloomy front.
 The rust on the ponderous iron-work of its oaken door looked more antique than anything else in the new world.
 Like all that pertains to crime, it seemed never to have known a youthful era.

この引用箇所は、第一章第一パラグラフから二文を挟んだ後の部分である。
まず注目すべきは、the wooden jailである。順を追って説明する。
先程、第一章第一パラグラフに記述されたedificeについて言及したが、それはもちろんedificeを監獄として認識した上での言及であった。
しかし、初見の読者にとっては、
第一パラグラフにおけるedificeの手がかりはwoodenやthe door of which was heavily timbered with oak, and studded with iron spikesぐらいのもので、
この時点では必ずしも監獄と結びついてはいないと思われる。
加えて、第一パラグラフにおける「前景」は、純粋な記述量からみてもthrongの方であり、edificeへの意識はさほど向けられないであろうと考えられる。
この第一パラグラフの直後、段落が変わり、先程引用を省いた二文が記述される。ここで文脈は飛躍する。
第一パラグラフの風景は一瞬にして消え、語り手による植民地の歴史、とりわけ墓と監獄の歴史の記述が、かなりの長さをもつ二文にわたってなされる。
読者は初め些か驚き、何故ここで無関係な話をと訝るわけであるが、この二文を読み進めるうち徐々にある指向性を読み取るのである。
つまりはedificeイコールprison、の予感のようなものである。
第一パラグラフにおいて「前景」であったthrongは第二パラグラフでは依然消え去ったまま、
「後景」であったところのedificeが今度は徐々に膨れ上がっていくのである。
そして、続く一文に登場するのが、前述のthe wooden jailという決定的な言葉である。
このwoodenという形容詞によって、第一パラグラフのedificeは第二パラグラフのjailと読者の中で初めて、完全に結合し、鮮烈に「前景化」されるのである。
つまり段落の切れ目において一旦「前景」・「後景」もろとも消し去り、
「後景」の方をその抑圧から徐々に解放していって、最後急激に「前景」へと引き出すのである。
この瞬間、読者に深く刻みつけられるのは、edifice(=jail)の、大写しの視覚的イメージである。
そのイメージは、
 the wooden jail was already marked with weather-stains and other indications of age, which gave a yet darker aspect to its beetle-browed and gloomy front
というテクストによって負の方向性をすかさず与えられるわけである。frontという語が、暗い監獄の入り口の正面からのイメージを漏らさず読者に伝えている。
冒頭において植え付けられるこのedifice(= jail)を媒体とした負のイメージこそ、この悲観的小説の、最初の重要な礎である。
この小説の基盤形成機能について、さらに注目すべき点がある。
それは、上記引用箇所の、終わりの二文における抽象的語句、new worldとyouthful eraである。
本論冒頭における「リアリティ」の考察において、抽象性の排除はイメージの収束につながると述べたのであるが、この箇所ではその逆が行われている。
つまりここでは、edifice(= jail)が抽象的概念と結び付けられており、そのイメージは収束ではなく拡散させられ、読者の脳内に敷衍してゆくのである。
この考察の上ではこの二文の、他と比較しての極端な短さにも注目すべきである。これは強調と捉えて問題ないであろう。

以上のように、第一章、殊に第一パラグラフに関して文体論的見地から考察を行ってきたわけであるが、
結論としては、効果的導入機能、第二章に向けた劇的機能、そして小説全体通しての最初の負の基盤形成機能を備えるこの第一章は、
The Scarlet Letterにおいて十分な存在意義を持つものと言えよう。







参考文献
Geoffrey N. Leech, Michael H. Short, 筧壽雄,『小説の文体』, 研究社, 2003.



top 

copyright © 2010 ultramaRine All rights reserved.